なぜ声が小さいのか考えてみる。

 さて、はちわん88は声が小さいことで悩んでいます。高校生くらいから悩んでいるのでもう20年以上悩んでいる事になります。

20年以上って、おいおいその間に治せなかったのかよ、と自分に突っ込みを入れたいところですが、コンプレックスはコンプレックスのままで生活してきました。

なぜ今になって声が小さいということを治したいと思っているかというと、はちわん88も40歳を過ぎました。このまま声が小さいというコンプレックスを抱えたまま死んでしまうのかな?せっかくこの世の中に生まれてきたのだから何か苦手な事を克服したい、という気持ちが出てきました。

 

人間40代になるとどこか郷愁的になってそんな事を考えるものなのかと思っているのですが、これってはちわん88だけですかね?

 

改めて声というものについて考えたいと思います。人間は声を使ってコミュニケーションを取っています。声というか言葉と言った方が正確でしょうか?

お互いに適切な大きさの言葉を相手に届けあって会話を成り立たせています。

 

そんな中に声の小さなはちわん88のような人間が混じると、その場にいても会話にならない訳ですから、話し手にその気がなくともはちわん88は結果的に無視されているという状況になります。

 

はちわん88側からみると無視をされるというのは辛いことですが、自分の存在を消したい、気配を消したい、なるべく目立ちたくないと考えているわけですから狙い通りといえば狙い通りな訳です。

 

しかし最近になってそれでは駄目だ、もっと大きな声で話さなければと思うようになりました。

大きな声で話すということはつまり、目立つ、自分の存在をアピールするということです。

 

考えてみれば不思議な事なのですが、はちわん88はその場に存在して、みんなから認識されているにも関わらず、目立ちたくない、気配を消したいというのは矛盾した話です。

 

はちわん88の根底に「何か場違いのことを言ってバカにされたらどうしよう。」「笑われたらどうしよう。」「意地悪されたらどうしよう。」

といったネガティブな考えがあるのだと思います。

だからなるべく失敗を少なくするために喋らない、喋っても声は小さく、聞き取れないくらいに、となるのでしょう。

 

喋らない、小さな声で喋るということ自体がそもそもコミュニケーションでは失敗な訳ですが、はちわん88は失敗したくないという思いで必死なようです。

 

はちわん88は最近、この世の中に存在する人間ってそう悪い人ばかりでもないと思うようになりました。

だとするならば、はちわん88が稚拙なコミュニケーションをとっても「ああ、こいつ頑張ってるな。」くらいの気持ちで許されるのではないかと思うようになりました。

 

そうは言っても、まだ、現実的に大きな声で話すというのははちわん88にとって恐怖なのです。

20年以上積み重ねてきた発声のパターンは急には治らないのです。

理論的には今回の記事ではちわん88は大きな声を出しても問題無いことが分かりました。

実践部分では少しずつ、大きな声を出せるように努力していくしかないのかなって感じです。なんせ家にいることが多くてコミュニケーションの絶対量が少ないですから、まず、人と接する機会を増やすことから始めないと駄目だよなと思いました。

 

以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

commu.hatenablog.jp

 

 

commu.hatenablog.jp

 

 

commu.hatenablog.jp

commu.hatenablog.jp

 

コミュ障を克服する覚悟はあるか?

あえて煽り気味のタイトルにしてみました。笑

コミュ障を克服する覚悟はあるか?です。

はちわん88はコミュ障を克服するためにコミュニケーションのレッスンに通ったり、自分で考えたり、ブログを書いたりしています。

日々、目先の苦しい事、しんどい事を克服するための方法を模索しているわけですが、ふとコミュ障を克服するという事はどういう事なんだろう?という事を考えました。

 

はちわん88の考えるコミュ障を克服するということは、「人前で堂々と明るく大きな声で振る舞っている、自分の意見を言える人」というイメージです。

 

という事はつまり人の集まりが苦手ではないという事です。

 

翻ってはちわん88はどうでしょうか?

背中が丸まっています。声は小さく、ぼそぼそ喋ります。なるべく人の目を見ないようにしています。笑顔がなく無表情に近いです。

コミュ障を克服した時のイメージとは程遠い自分でいる事に気づきます。

 

目の前の苦痛を避けるためにあれこれと策を考え、対処していくというのはもちろん良い事です。

しかし一方でコミュ障を克服するという事は結局どういう事なのか、という事を考えていないと、日々努力していることが間違った方向の努力かもしれないという事です。

 

コミュ障を克服する=社交性を身につけるとざっくり定義した場合、現状のはちわん88は社交性がありません。

そして社交性を身に付ける努力はしているつもりです。

しかし、果たして、はちわん88は社交性を身に付ける覚悟は出来ているか?という話です。

社交性を身に付けるという事は、人前に出て話すという事です。堂々と振る舞うという事です。人の目を見て話すという事です。

想像しただけで胸が締め付けられる感じで無理!と思ってしまいます。

無理だから、背中を丸めて、声は小さく、ぼそぼそ喋って、なるべく目立たないように、振る舞うはちわん88がいます。

今はそれで良い、でもコミュ障を克服するという事は社交的になるという事、背筋を伸ばして、大きな声で喋り、相手の目を見て、表情豊かに話すという事です。

理想と現実のギャップ、距離を分かっておく事が大事だと思うのです。

そして、はちわん88は果たして本当にコミュ障を克服したいのかどうかという事を改めて考えてみる必要があるのだと思います。

だってコミュ障を克服した自分というのは、今の自分ではない新しい自分なのですから。

少し観念的な事を書いてしまいました。

はちわん88はコミュ障で苦しんでいます。この苦痛から逃れたいです。だから少しずつ人と仲良くなっていきたいと思っています。

コミュ障を克服する=社交性を身に付けるというのは大きな目標ですがいずれは達成したいと思います。

まずは、ちいさな出来る事を積み重ねていきたいと思います。

 

今回の記事は結果的に石井裕之さんの『ダメな自分を救う本』という本に影響された内容になってしまいました。もし興味のある方は本を読まれる事をお勧めします。とても良い本だと思います。

 

ダメな自分を救う本 人生を劇的に変えるアファメーション・テクニック (祥伝社黄金文庫)
 

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

人の温もりに気づく

さて、当ブログはコミュニケーションについて考えるブログです。

しかし最近コミュニケーションのもっと前に大切な事があるような気がしてきました。

それが『自信、自己肯定感』です。

 

誤解のないよう書いておくと適切なコミュニケーションをとる事で自信や自己肯定感は増えると思います。

しかし、適切なコミュニケーションをとるために『自信、自己肯定感』が大切なのは言うまでもない事でしょう。

 

鶏が先か卵が先かという話になってしまいますが今回は『自信、自己肯定感』について書きたいと思います。

 

さて、はちわん88が自分に対して、自信とか自己肯定感とかいうものを感じだしたのは最近の事です。

ついこの前までは劣等感に苛まされて苦しんでいました。

自分に自信を持つ事で物事が良い方向に進むんだという事は分かっていましたが、どうすれば自信、自己肯定感が身に付くのか皆目見当がつかないまま苦しんでいました。

 

40歳を過ぎてやっと自信、自己肯定感とはこういうものかという手がかりのようなものを見つけましたので、今日はそのことについて書きたいと思います。

 

一つ目は同居しているツレを観察していて感じた事です。

ツレはとにかくコミュニケーション能力が高いです。初対面の人ともすぐに打ち解けられます。

また自分の感情に正直で好き嫌いがはっきりしています。

自分の感情に素直に生きているので毎日が楽しそうです。

なんか良い性格してるよなと思って接していたのですが、ツレの弱点みたいなものに気づきました。

一言で言えば知識が足りない、自分で調べる力が足りないという事です。

はちわん88はそっち方面は得意です。なのでよく彼女に利用される訳です。

この漢字は何て読むの?これはどういう意味?とかしょっちゅうそういうやり取りがあります。

なので、はちわん88はツレの事を「こいつもしかして頭悪い?」というふうに思っています。

別に頭が悪くても世の中を渡ってくのに支障はないわけで、ツレもその点については開き直っています。

ここではちわん88は思うのです。コミュニケーション能力が優秀で生きる事に不自由していないツレにも欠点がある。

はちわん88は確かにコミュニケーション能力が劣っているけどもツレより優れている所があるじゃないかと。

確かにはちわん88は物事を多少人より知っていたり、物事を深く考える力は優れているかもしれない。

でも、世の中を渡っていくのはコミュニケーション能力がある方が良いに決まっています。

ただ、人間の能力というのはコミュニケーション能力だけではないわけで、色んな能力の中ではちわん88がツレより優れている点を見つけだしたというのは大きな成果でした。

 

そしてもう一つの大きな出来事として、双極性障害のはちわん88を否定せず、受け入れてくれるツレの存在がやはり大きいです。

双極性障害の症状で辛い事は、とにかく体が怠く、疲れ易いのです。

以前は障害者枠で働いていましたが、今は母親がガンという事で無職です。

それで毎日どう過ごしているかというと、家にいるときはほとんどベッドに寝転がりながらスマホばかりしています。

起き上がってリビングに行くとか、ちょっと散歩するとかいう事がありません。

何かをしようという意欲がとにかく湧かないのです。

ツレにしてみればゴロゴロしているはちわん88は鬱陶しい存在だと思うのですが多少文句も言われますが、基本何にも言われないのです。

かっこ良い言葉で言うと、辛い症状を抱えているはちわん88を丸ごと受け入れて貰っている感じです。

やはりこれは嬉しいです。辛い、しんどい、でも周りに迷惑をかけているのも重々承知しているという状態をそっとしておいてくれるというのはありがたいです。

人の温もりのようなものを感じます。

 

はちわん88はツレと接することで人には色々な能力があって、コミュニケーション能力は劣っているけれども、自分にも人より優れている能力がある事に気付けました。

また、双極性障害という病気を抱えて毎日辛い日々を過ごしていますが、そんな中で人の温もりに接する事ができ、自分自身の中の温かな気持ちに気づく事ができました。

今までは劣等感というメガネをかけ、物事全てをネガティブにとらえていましたが、今は人は自分と同じ得手不得手がある人間であり、また、温かな心を持った人間なのだと思えるようになりました。

40歳を過ぎてから気づくというのは人生かなり損をしてきた気がしますが、気づけただけ幸せなのかなと思います。

 

ツレに感謝です。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

コミュニケーションを避け続けた結果...

さて、コミュニケーションが上手になる方法を考えて色々と記事にしています。

しかし最近「コミュ障(コミュニケーションが苦手な事)」の根っこは意外と深いのではないかと思い始めました。

 

はちわん88は幼少期、ご近所さんとのコミュニケーションを避けていました。はちわん88を可愛がってくれる人もいたのですが、何かコミュニケーションが上手くいかず、気が付いた頃にはご近所さんを避けるように必死で息を殺して存在が気づかれぬようにしていた記憶があります。

今でも、実家に顔を出す時はご近所さんにバッタリ出くわしたら嫌だなと思ってビクビクしています。

 

また、親戚付き合いというのも苦手でした。

祖父母ははちわん88をとても可愛がってくれたので大好きでしたが、例えば誰かのお葬式の時などに親戚が集まる事がありますがそんな時はなるべく誰とも話さなくて済むように端っこの方にいました。

 

学校は小学校は友達もいて楽しかった記憶があるのですが、中学、高校、大学と人と仲良くなるのが苦手、仲良くなる方法が分からなくて、クラスでぽつんと浮いていました。いじめられたとかいうのはなかったですが、人と仲良くする方法がとにかく分かりませんでした。

 

クラスに馴染めなかったので部活に入りました。部活というのはみんなで一つの目標に向かうという事で仲良くなり易かったです。ただ、寂しい、友達作りが目的だったのでレギュラーになりたい、もっと上手くなりたいという気持ちはなく、当然レギュラーになる事はありませんでした。

はちわん88にとって部活とは放課後みんなで集まってワイワイやる所でした。

そこで、気の合う仲間が見つかって、その仲間とだけ楽しんでいるといった感じです。

 

なんとも寂しい人間関係です。人付き合いが苦手で、避けてきた結果、今でも人が苦手なままです。壁を乗り越えない限りいつまでたっても問題はあり続けるのです。

そして今、はちわん88は人付き合いから逃げてきた結果、自分自身の人付き合いにおける経験値が恐ろしく低いのを感じます。

普通の人がそれなりに人間関係をこなしてきた経験、そういう経験を10年、20年と積み重ねてきた経験がはちわん88にはないのです。

そういう事に気づきました。はちわん88は今、一生懸命コミュニケーションについて考えいますが、果たして、10年20年とコミュニケーションを積み重ねてきた人に追いつけるのだろうか?と考え絶望的な気持ちになります。

 

そもそもどうしてはちわん88は幼少期から人付き合いができなかったの?という事になると思うのですが、恐らく父親との仲が上手くいっていなかったのが問題だと思います。

はちわん88にとって父親とは物心ついた時より苦手な存在でした。自分を否定されたり、気分次第で機嫌が悪かったり良かったりするので顔色を窺っていなければならない存在でした。

だから幼少期からずっと父親とは諍いが絶えなかったように思います。

 

はちわん88にとって家庭とは気分が落ち着く場所安らげる場所ではなくただただ居心地の悪い、争いの場所でした。

 

家庭での成功体験がないのですから、他の人と上手く人間関係を結べないというのはもっともな話だなと、この記事を書いていて思います。

 

ただ、父親との関係が上手く行かなかったから他者とのコミュニケーションが上手くいかなかった、というのはあくまではちわん88の想像でしかないわけで、実際の所はどうか分かりません。

 

そして精神科の主治医に父親とは上手くいかなかったというと、

「子供にとって家庭というのは必ずしも居心地のいい場所ではない。むしろ最近のなんでも子供に迎合する風潮はおかしい。」

と言われてしまいました。

なので実際の所は分かりません。ただ、はちわん88の主観として、父親とは反りが合わなかったと思っています。

 

精神科の診察の場面ではよく「過去の事を言っても仕方がない。問題はこれからどうするかだ。」

と言われますが、はちわん88にしてみればこれからの事を考えるために過去を振り返る事も時には必要だと思います。

 

さて、そうやってひたすら人間関係から逃げてきたはちわん88なので、現在も正常な人間関係を築けていません。

 

ツレを例にあげます。ツレにはお母さんがいて家の近くに住んでおられます。しかし、はちわん88はお母さんから逃げて最近全く顔を合わせていません。ツレのお母さんの友達が近くにすんでおられます。しかしはちわん88は一度挨拶をしに行きましたが、その後は逃げてばかりです。

ツレにはお姉さんがおりますが、やはりはちわん88は積極的に関わっていません。

 

結局今でも、はちわん88は人間関係から逃げているのです。

それに気づいたのは恥ずかしながらごく最近です。

ツレは「はちわん88とツレ」という閉じられた関係の中に存在している訳ではなく、ツレ、ツレのお母さん、お母さんの友達、お姉さん、友達、etcというどこまでも「開かれた関係性」の中に存在していて、はちわん88との関係もその開かれた関係性の中に存在するのです。

 

はちわん88はツレと接していますが、実はツレは沢山の人の輪の中に存在する一人であって、ツレと同棲するという事はツレと関係のある人ともコミュニケーションを取っていかないといけないんだという事に気づきました。

 

人は好きな人とだけコミュニケーションを取っていれば良いのではなく、人の繋がりの中で苦手な人、嫌いな人ともコミュニケーションを取っていかないといけない場合があるのだなと気づきました。

 

今回はかなり自分の中で深く突っ込めた気がします。それも日々コミュニケーションの事を記事として書いてこれたからかなと思います。また、新たな気づきがあればどんどん記事にしていきたいと思います。

どうもありがとうございました。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

コミュニケーションの癖に気づく

先日、中学生時代の同級生らとの飲み会に行ってきました。

中学の時から内に籠る暗い性格だったので殆ど友達らしい友達はいないのですが、一人世話好きというのか、良かったら来いよと声をかけてくれる友人がいて、参加しました。

思い返してみれば、その声をかけてくれる友人というのは、大学を卒業して社会人になってからも何かと、事あるごとに、声をかけてくれていたように思います。

人と人とを結びつけるのが上手い性格なのだと思います。

 

ただ、はちわん88が忙しかったり、人見知りで、知らない奴がいる所に行くのは嫌だなーと思ったりして、正直その声をかけてくれる友人の事をあまり有難く思っていませんでした。

 

時々声をかけてくる変わった奴だな~位にしか思っていませんでした。

 

はちわん88の中で何かが変わったのだと思いますが、最近その声をかけてくれる友人の存在がとても有難く感じるようになりました。

 

それで先日飲み会に行ってきたのですが、はちわん88以外のメンバーは全員仲の良いメンバーです。

はちわん88は中学生の頃からずっと内に籠る性格で友達らしい友達が出来なかったので、そのメンバー達も顔は知っているけどあまり交流をしていなかったメンツです。

そういう訳で一人だけちょっと浮いた感じの中での飲み会でした。

でもそういうメンバーに交じって酒をのんでいると、とても居心地がよいのです。

はちわん88は今でも無口なのであまり喋りませんが、他の奴らが喋っているのをほろ酔いで聞いていると、なにかすごく気持ちが良いのです。

 

このメンバーほんとに仲が良いなぁとかこのメンバーでもう一回中学時代に戻ったら今度は絶対仲良くするだろうなと思いました。

ただ、はちわん88らが中学生に戻ることはあり得ないわけで、これから彼等と仲良くしていけたらいいなと思いました。

 

そういう楽しかった飲み会なのですが、自身のコミュニケーションのやり方、癖のようなものに気づき、こうすればよいのではないか?という一つの答えのようなものが見つかったので書いておこうと思います。

 

はちわん88に声かけをしてくれる友人をAとします。

もう一人、はちわん88が比較的よく知っている友人Bがいます。

友人Bとの関係を思い起こすと、何かと衝突して口論になるというのがはちわん88の感想です。

 

そんな訳ではちわん88は今回も飲み会にはBがいるな、また口論になったら嫌だなあという思いを持ちつつ飲み会に行きました。

 

はちわん88は飲み会に行くにあたって友人Bと上手くいく方法を考えました。

いつものパターンだと友人Bの意見にはちわん88がそういう意見もあるけどこういう考えもあるんじゃないか?と建設的な意見を出しているつもりが、実はただ、友人Bの意見を否定していただけなのでは?と思いました。

なので友人Bと意見がぶつかったら素直に相手の意見を認めようと思いました。

 

果たして、飲み会で友人Bと衝突しそうな場面がやってきました。

そこではちわん88は変に相手を刺激しないよう、「そうそう、Bの言う通り。」と言った所、友人Bは満足気な笑みを浮かべはちわん88と衝突することはありませんでした。

衝突の危機はもう一度ありましたが、はちわん88が折れる事で回避する事ができました。

 

家に帰ってから友人Bってどんな性格だったかなと思い返してみると、「負けず嫌い、真面目、ストレートなコミュニケーションの仕方」とはちわん88とよく似た性格だと思いました。

やはり似た者同士というのは衝突しやすいのかなと思いつつ、これからもはちわん88が折れるようにしていこうと思いました。

 

今回の飲み会ははちわん88にとって実りの多いものでしたが人と人が仲良くするというのは、結局のところ相手の幸せを願っているという考えが根底にあるからこそ成立するものだと思いました。

 

表面上は仲良くしていて実は相手の失敗を望んでいるなどというのは、まさに「上辺だけの関係」だと言えるでしょう。

 

自己否定の傾向のあるはちわん88は友人と仲良くするために自分の事を好きにならなければならないよなと思います。

 

今日はちょっと冗長な文章になってしまった気がしますが以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 みえんからおらんというのがまちがいのもとじゃがナby『のんのんばあとオレ』 

水木しげるシリーズ第2弾です。

前回の『総員玉砕せよ!』が予想以上に素晴らしかった(失礼)のですぐに読んでしまいました。

今回はその勢いのまま『のんのんばあとオレ』ですが、読み始めてちょっとズッコケてしまいそうになりました。

物語が紙芝居みたいで展開がとてもゆっくりなのです。

最後まで読めるか自信がないなあと思いながら読みはじめたのですが、その心配は杞憂に終わりました。

ちょっと読むとその面白さに夢中になってしまいました。

登場人物がみんなとても優しいのです。愛情に溢れているのです。

 

そして漫画の中に出てくる人達は総じて貧乏です。しかし貧乏だという事についてなんとも思っていません。

例えば今だったら、貯金がないと心配だ、とか家が貧乏だから格好悪いとか思うような気がするのですが、『のんのんばあとオレ』の世界では貧乏という事に対して劣等感のようなものがありません。

貧乏なのが当たり前、それをことさらどうこう言う方がおかしいという感じです。

昭和6年頃が舞台なのですが、当時の常識はそんな感じだったのかもしれません。

 

のんのんばあは連れ合いのおじいさんが無くなったことで、しげーさんの家で住み込みの家政婦さんとして働く事になります。

こののんのんばあが誰に対しても底抜けに優しく愛情あふれるおばあさんなのですが、霊的な事についても知識の豊富な人です。

幼いしげーさんの面倒をみながら同時に霊的な事も教えるといった感じです。

 

しげーさんのお母さんですが何かというと「生家は苗字帯刀御免の家計で、家紋だってお殿様の裏門をいただき倉が三つもあった旧家だったんだけんね」

という人なのですが、とても優しい人です。

しげーさんのお父さんですが銀行勤めで一見まじめな人かと思いますが全然まじめではありません。

趣味が高じて地元に映画館を作りたいと言い出し、奥さんの大反対にあうのですが、結局作ってしまいます。

 

物語はしげーさんを中心にのんのんばあ、しげーさんのご両親、兄弟、友達たちとの日常が微笑ましく描かれています。

そんな中でちょっとしたラブストーリーがあります。

のんのんばあとオレ』という漫画の中でしげーさんは3人の女の子に恋をしますがいずれも成就しません。

一人目の女の子、松ちゃんですが、ハシカであっけなく亡くなります。

 

二人目の女の子、千草、病気で東京から転地療養に来ています。しげーさんと心を通わせるのですが亡くなってしまいます。

 

三人目の女の子、吉川美和、神戸から引っ越してきました。しげーさんと同じように「目に見えないもの」が見えます。なのでしげーさんとは仲良しになります。

しかし結局、芸者の置屋に売られていきます。

しげーさんの恋は結局実ることはありません。

そういう時代だったんだな、と思うしかありません。

のんのんばあとオレ』ですがとても考えさせられる文章が沢山出てきて、豊かな気持ちになります。

何度も手に取りたくなる一冊でした。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

のんのんばあとオレ (講談社漫画文庫)

のんのんばあとオレ (講談社漫画文庫)

 

 

漫画 『総員玉砕せよ!』 水木しげる著を読んで。

さて、米長邦雄氏の運に関する考察についてあれこれ考えていましたが、はちわん88はもうちょっと緩さが必要なのではないかと考えました。

緩い人、と言ってすぐに出てきたのが、水木しげるであり、氏の漫画を読んで緩い人になろうと思い買った漫画が『総員玉砕せよ!』と『のんのんばあとオレ』の2冊です。

 

 

今回は『総員玉砕せよ!』の感想なのですが、水木しげるの漫画は大人向けだよなというのが第一印象です。

 

水木しげる世代の漫画家といえばまず頭に浮かぶのが巨匠手塚治虫でありますが、手塚治虫の漫画は老若男女あらゆる世代が読んで、面白いと感じるものでした。

水木しげると言えば、テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』はよく見ていましたが、漫画を読んでもイマイチな感想だった記憶があります。

 

はちわん88が思う水木しげるの漫画とは、酸いも甘いも嚙み分けた大人が読んで、胸にジーンとくる極上のエンターテインメントなのではないかということです。

 

前置きが長くなってしまいましたが、

『総員玉砕せよ!』の感想です。

舞台は昭和18年末ニューブリテン島です。

日本兵の置かれている状況は過酷です。

ジャングルの中で、風呂もまともにはいれない、食べるものもろくになく、重労働が課され、事故で日常的に人が死んでいきます。

上官はこれといった理由もなく部下を殴ります。ただただ、自分が上官だという理由だけで部下を殴ります。

将校、下士官、馬、兵隊と言われる順位で兵隊というのは人間ではなく馬以下の生物と思われていたのでとにかく扱いがひどいです。

本来一番大切にしなければいけないはずの人の命を一番粗末に扱っている時点で日本軍が勝つはずはないよなと、暗澹たる気持ちになりました。

 

そうは言っても敵がいない状態というのはまだましです。

ある日、敵が上陸してきて一番大事な水源地が奪われしまします。

部下の反対を押し切って大隊長は玉砕することを決めてしまいます。

そして、玉砕は敢行されたのですが、生き残りが出てしまいます。

 

普通の感覚であれば玉砕をして生き残った人間に対して「よく生き残った。よく頑張った。」と言ってやるのが人としての在り方だと思うのですが、軍の決定は再度玉砕せよ、です。

 

日本軍のいかれたルールには呆れるしかないのですが、当時は本当にそんな事がまかり通っていたようです。

 

そして、再び、兵隊の気持ちを玉砕に向けさせ、玉砕が行われます。

 

最初の玉砕も二度目の玉砕も行う必要のないものでした。

大隊長の先走りであったり、玉砕の生き残りは敵前逃亡だから死刑と言われたり、とにかく理不尽な事だらけです。

 

この漫画のような実際の軍隊の様子が詳しく描かれているのは水木しげるさんだからこそなしえた事だと思います。

 

水木さん漫画を描いてくださってありがとうございます、と心から思いました。

以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

総員玉砕せよ! (講談社文庫)