マツダロードスターが購入しにくい理由

さて、はちわん88がマツダロードスターと出会ったのは今から20年くらい前になります。

車の好きな友人が初代ロードスターに乗っておりまして、助手席に乗せて貰いドライブに行きました。

たったそれだけの事なのですが、その時の衝撃が大きくてマツダロードスターという車がはちわん88に強烈に焼きついています。

ロードスターかっこ良いな、という思いは常にあったのですが、ほとんど車に乗らない生活を送っていたのでロードスター欲しいと思う事はありませんでした。

 

2年前に仕事を辞めて、病気の母親とあちこち車で出かけるようになり、ああ、ロードスターで出かけたらもっと楽しいだろうなあと思うようになりました。

 

そして、ネットでロードスターについて色々調べてみたのですが、ロードスター購入に至るまでにはなかなか超えるべき沢山のハードルが存在するなと思いました。

それらのハードルについて纏めてみたいと思います。

 

沢山のハードルを越えてロードスターを購入されたオーナーさんがおられるのも事実ですが、その陰でロードスター購入に至らない沢山のロードスターファンの方がおられると思います。

 

ロードスター購入が難しい理由その1

セカンドカーになってしまう。

オープンツーシーターという車の性質上荷物がほとんど積めません。はちわん88家の場合ツレに「今のコンパクトカーで十分満足している。買い替えなんてあり得ない!」と拒否られました。

はちわん88が考えても荷物が積めない車というのは色々不安な局面が考えられます。

どうしても買うというのならセカンドカーという位置づけになってしまうのかなと思いました。

趣味以外の何物でもない車を余分に1台保有する経済力のある家ってなかなかないよなと思っております。

 

 

ロードスター購入が難しい理由その2

幌車である。幌車というのはつまり防犯性が普通の車より劣るという事です。

カッターナイフで切られると一たまりもありません。そうした時に車の中の貴重品、カーナビ、ETC、車検証などが危険にさらされます。

そういうリスクがあるという事を理解していなくてはなりません。

あとタバコを幌に押し付けられる危険性もあります。

幌を交換となると15万円くらい掛かるらしいので気がきではないです。

そして幌車である弱点のもう一つが安全性です。

もしロードスターが事故で横転した場合、天井が幌なので弱いです。頭部にダメージをくらう可能性があります。

これは怖いです。対策として「ロールバー」という部品を装着すれば安全性が増すようなのでロールバーは絶対必要なのかなと思っています。

まあ、ロードスターにも幌車でないハードトップというものがありまして、心配な方はそちらを購入した方が良いと思います。

 

ロードスターという車は調べれば調べるほど尖っているというか、趣味性の強い車です。

しかし「それでも欲しい!」と思わせるだけのなにかがこの車にはあります。

晴れてロードスターのオーナーになれた人もロードスターに憧れを抱いている人にも幸多からんことをと思いつつ筆を置きたいと思います。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

自己犠牲のコミュニケーション

自己犠牲のコミュニケーションと聞いて「あ~それね。」

とピンと来る方っておられるのでしょうか?

はちわん88はコミュニケーションのレッスンに通って2年半ほどになります。

 

commu.hatenablog.jp

 教室に通いだした当初から指摘されてきたのが

「はちわん88は自己犠牲のコミュニケーションをしている。」

という事でした。

前回のレッスンでも先生より指摘され、何となく腹落ちしたので記事にしてみます。

 

さて、「自己犠牲のコミュニケーション」とは、コミュニケーションの場において、自分さえ我慢していれば丸くおさまるから、と考えて自分の言いたい事、やりたい事を我慢して、一方的に相手の言い分を通すコミュニケーションの事をいいます。

 

一見その場は丸くおさまったように見えますが、肝心のはちわん88の『本当の気持ち』が犠牲になっているので、はちわん88はアンハッピーです。

 

自己犠牲のコミュニケーションをとり続けるという事ははちわん88がアンハッピーであり続けるという事です。

考えただけでも空恐ろしい事ですが、40歳を超えてもはちわん88は「自己犠牲のコミュニケーション」を取り続けてている事に気づかされました。

 

例えば、はちわん88にも少ないながらも友人がいます。しかしその友人たちに対し、自分の精神疾患の事をカミングアウトしたことはありません。

なんとなくばれているんだろうな、と勝手に考えていますが、こちらからカミングアウトしたことはありません。

ましてや精神障害者手帳や障害年金を受給しているなんて自分の口から言うなんて考えたこともありません。

しかし、はちわん88がもし精神障害者手帳や障害年金について話たいと思ったらそれは話題にしなくてはならないでしょう。他ならぬ自分自身を守るために。

もし、カミングアウトしたことで、友人関係が終わってしまうならばそれは残念ながらそれだけの関係だったと諦めるしかないでしょう。

 

「自己犠牲のコミュニケーション」とは何も障害者手帳障害年金といった重いテーマだけが問題になるのではありません。

日常生活の中で、嫌だったこと、悲しかったこと、うれしかったこと、など自分の感情を相手に伝えるという事です。

「○○されて嫌だった。」

「○○されて悲しかった。」

「○○してくれて嬉しかった。」

など自分の感情を相手に正直に伝えるという事です。

 

自分さえ我慢していればその場が丸くおさまるからといった「自己犠牲的」な考え方は百害あって一利なしだなと痛感しました。

 

そして、40数年間自分がそういう「自己犠牲的なコミュニケーション」をとってきたという事に愕然としました。

これからは自分の気持ちを口に出して言っていくという、ごく当たり前の事を意識的に習得していかねばと思っています。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

コミュニケーションの教室に通うようになったきっかけなど

さてはちわん88は約2年前に9年間勤めた会社を退職しました。

もちろん障害者枠での雇用です。

最初の8年はデータ入力の仕事をしていました。

データ入力の仕事というのはほぼ対人関係のない仕事でした。

朝「おはようございます。」

と言い

帰る時に「お先に失礼致します。」

と言う。

雑談とかもほとんどなく話す事と言えば挨拶くらいしかありませんでした。

後はひたすらデータ入力を無言で行っていました。

ある時、会社から倉庫(のような所)に移って貰えないか?と打診がありました。はちわん88はデータ入力の仕事に飽きていたので渡りに舟と了承しました。

倉庫の仕事というのは以前のデータ入力の仕事と違い沢山の人の出入りがありました。

倉庫で一緒に働いていた先輩(健常者)はコミュニケーション能力の高い人でいきいき仕事をされているようにはちわん88の目には映りました。

はちわん88も少しでも楽にコミュニケーションが取れたらと思いました。

 

そして「笑顔」を作りたいと思い辿り着いたのが現在通っている「コミュニケーションの教室」です。

はちわん88は最初は「コミュニケーションの教室」にあまり期待していませんでした。

ただただテクニックとして笑顔の作り方を学んで、数回通ったら止めよう、と思っていました。しかしその先生ははちわん88が求めていたよりももっと凄い先生でした。

なので会社を退職して2年が経ちますがはちわん88はまだ教室に通っています。

最近ははちわん88の近況を報告しそれにたいしてアドバイスをして貰うというパターンです。

先生は就活、婚活アドバイザー、マナー講師etc多才な方ですので「カウンセリング」という言葉を使いたくなさそうなのですが、はちわん88的には「カウンセリング」と位置付けてもいいのかなという感じです。

精神疾患を抱えておられる方でカウンセリングに興味のある方にはいわゆる「カウンセラー」という方だけでなく例えば「コミュニケーション講師」として活動されている方でもカウンセリングと同じ効果が得られるかもですよと伝えたいです。

そして優秀なコミュニケーション講師、カウンセラーと巡りあったはちわん88はラッキーだと思いました。

それでは本日もお付き合い頂きありがとうございました!

 

コミュ障克服の最初の一歩かつ大きな一歩

さて、はちわん88は人と会った時、緊張し過ぎて思わず顔をそむける、体が逃げようとしてそむけるといった癖があることに気づきました。

いくら人と仲良くなりたいと言っていても、顔や体が逃げているのですから挨拶にすらなりません。

という事に気づきました。

 

そこで出てきたアイデアが「相手に自分の心臓を差し出す」というイメージです。

 

もちろんイメージなので本当に心臓を差し出す訳ではありません。笑

ただ、はちわん88が「相手に心臓を差し出す」というイメージを得てから、確実に対人関係が楽になりました。

 

人と相対する時に体、顔を相手の方に向けるという事がとても大事だという事なのだと思います。

そして、テクニックとして体、顔を相手の方に向けるだけで、劇的に対人関係は楽になる、という事に気づきました。

ぜひ、おススメです!

「動かない」と人は病む 生活不活発病とは何か 大川弥生著 を読んで

今回は「動かない」と人は病む 生活不活発病とは何か 大川弥生著 講談社現代新書刊を読んでの感想などです。

 

この本を購入したのは結構前の事なのですが、最近何かいい本はないかと自分の本棚を眺めていて見つけました。

タイトルは「動かないと人は病む」という直球のもので中身もなるべく家事をしなさい、家の中で動き回るようにしなさいという事が書いてあります。

 

これを読んだはちわん88はかなり焦りました。

なぜならはちわん88は家にいる時はベッドに寝転んでスマホをいじっている事が多いからです。

疲れ易い→ベッドでゴロゴロする→さらに疲れやすくなる→ベッドでゴロゴロする

という負のスパイラルに完全にはまり込んでいる事に気づきました。

 

そこで最近思うのが家に居る時はなるべく起きている事を心掛けるというものです。

家で起きている事に慣れてくるとジムとか買い物などに出かけれるようになりたいですね。

精神疾患というのは厄介ですぐに疲れてしまいます。そしてぐたーと横になってしまいます。そうするとさらに疲れ易くなるという負のスパイラルに陥ってしまいますので日中はなるべく忙しくしていた方がよいなと思いました。

用事がなくて困ったという人でもなるべく日中ベッドでゴロゴロというのは止めておいたほうが良いと思いました。なるべく用事を作って家にはいない方がいいなと思いました。

 

拙い文章ですが以上です。

本日もお付き合い頂きありがとうございました。

 

 

 

Zenfone4SelfiePro の感想など

前前回格安SIMデビューしましたという記事を書きました。

 

commu.hatenablog.jp

 

スマホXPERIA Z4からZenfone4Seifie Proに機種変をしました。

 

機種変したのには大きく2つの理由があります。

1つ目の理由はマイネオのSIMがソフトバンクのアンドロイドスマホに対応していなかったからです。

ドコモ、auのアンドロイドスマホであれば対応していたかもしれないだけに残念です。

 

もう一つの理由としてXPERIA Z4のバッテリーが死んでいたからです。

機種変の1か月前くらいからフル充電をした状態から操作をすると5分くらいで電源が落ちる状態でした。

なので常時モバイルバッテリーに接続した状態で使用していました。

 

なんとかソフトバンクの2年縛りがなくなりマイネオに移る事ができました。

 

新しい機種として

ASUSのZenfone4Selfie Proにしました。

はちわん88はスマホをヘビーユースしているのでZenfone4が欲しかったのですが、値段的に厳しかったので一つ下のランクのZenfone4SelfiePro

にしました。

このスマホ、自撮りを売りにしてるみたいなのですが、はちわん88はあまりカメラ機能は使わないので、自撮りうんぬんは関係なく、あくまでもZenfone4より格安だという点で購入致しました。

 

約1ヶ月使ってみての感想ですがかなり良いです。

以前使っていたXPERIA Z4との比較になりますが、XPERIA Z4は使用しているとすぐに熱を持ち電池の持ちが弱くなるという弱点がありました。

カメラを使おうとしてもスマホ本体が熱を持っていてアプリがフリーズしてしまい写真が撮れないなんてこともよくありました。

その代わり薄くてスマホのサイズも小さめで扱いやすかったですも。

 

一方のZenfone4SelfieProですがスマホ本体がXPERIA Z4に比べて気持ち大きいです。厚さも気持ち分厚くなっています。

はちわん88は寝ころびながらスマホをする事が多いのですが、その際の使いやすさは若干XPERIA Z4に劣ります。

但し椅子に座っての操作となると

 Zenfone4SelfieProの方が扱いやすいと思います。

はちわん88が Zenfone4SelfieProの長所としてあげたいのが電池の持ちの良さです。

XPERIA Z4の電池が貧弱すぎたのもあると思うのですが、 Zenfone4SelfieProはとても安心できます。

朝、充電コネクタからスマホを抜いて寝るまで充電せずにいけます。

電池の持ちが良いというのは気持ちに余裕をもたらしてくれます。

まあ、まだ購入して1か月なので経年劣化でへたってくるとは思うのですが、電池の持ちは良さそうだと思わせるものがあります。

スマホサイズがXPERIA Z4に比べて少し大きいのは中に入っているバッテリーの量の違いなのかなと勝手に想像しています。

そしてはちわん88はあまり使いませんがカメラ機能もとても優れています。

アプリもサクサク立ち上がりバシバシ撮る事ができます。

やはり基本的な部分での信頼性というのは大事ですね。

 

なんかまとまりに欠けますが以上です。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

藤井聡太さん29連勝フィーバーで感じたこと

さて、藤井聡太さんですが、先日四段から五段に昇段されました。

一将棋ファンとしてとても喜ばしいことだと思っております。

今後ますますのご活躍をお祈りしております。

個人的には公式戦優勝、タイトル獲得が早く見たいですね。

 

さて、その藤井聡太さんですがデビューしてから無傷のまま連戦連勝で29連勝し、歴代最多連勝記録を更新しました。

 

世間的にも大いに話題になり藤井さんが連勝記録を伸ばす度にお祭り騒ぎのようになりました。

ワイドショーなどを見ていますと藤井さんが対局の日のお昼ごはんに何を食べたか、何を注文するかなど将棋と全く関係のない事で盛り上がったりしていました。

 

そのお祭り騒ぎの中で将棋ファンであるはちわん88は少し違和感を感じていました。

それは将棋ファンだけでなく、将棋に全然疎い人までもが、藤井さんの一挙手一投足に注目して社会現象にまでなっていたからです。

将棋ファンが藤井さんの連勝記録に興味を持つのは当たり前だとしても、将棋に興味のない人が藤井さんに興味を持つのはなぜだろうという疑問が湧いてきたので今回の記事を書いています。

 

早速はちわん88なりの結論ですが、

人々は珍しい物、希少な物に興味を持つのではないかというものです。

例えば、ダイヤモンドとかブランドもののカバンとか、スポーツカーなどの高級車、高級な料理、きれいな景色などなど。

簡単には手に入らない物に人は憧れを持つのではと思いました。

 

また、物だけでなく人であっても例えばプロ野球の選手、芸能人など、人より抜きんでた特別な才能を持った人を人は本能的に求めているのではないかと思います。

それは恐らく人の根源的な部分、より優れた遺伝子を後世に残したいという本能的なものがきっとあるのだろうと思いました。

将棋というゲーム自体、将棋界に興味のない人でも、

一人の非常に優れた人間としての藤井聡太さんに人々は興味を持ち、ファンになったのではないかと思うのです。

 

またまるで彗星のごとく現れた中学生が次から次へと現れる強敵を倒していく様に人々は夢を見たという側面もあるのではないかと思います。

自分自身の冴えない日常、例えば嫌な上司とか同僚などで疲れてしまった日常に、藤井さんがバッタバッタと強敵をなぎ倒していく様をみてスカっとしたというのもあると思います。

 

今回は将棋ファンであるはちわん88が、なぜ将棋自体には興味がなさそうな世間の人々が藤井聡太さんのファンになったのかについて考えてみました。

 

まあ、コミュニケーションについて考えるブログで毎度毎度全然関係のない事を書いております。ご容赦ください。

 

今回は人について知る事が出来たのではないかと思うので、ぎりセーフという事にしたいと思います笑

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。