前回レッスンのおさらい

前回のレッスンでコミュニケーションの先生より「はちわん88さんはコミュニケーション能力はあります。」と衝撃的な事を言われました。

 

はちわん88が「それは常識だろう。」とか「そんなのみんな知ってるよ。」と感じる事は大半の人にとっては常識でもないし知らないことなのですよ。

だから、他の人の知らないという事を責めるのではなく、許してあげてください、と言われました。

 

そして、「はちわん88さんのようにコミュニケーション能力がある人は、自覚しなければなりません、自分の事を先生と思うのです。」と言われました。

 

「だれしもみんなと同じゾーンにいる方が楽です、でも意識を上に、ポジショニングを上にして下さい。」と言われました。

「みんなと同じゾーンにいれば、人間関係は壊れますよ。」「コミュニケーションはみんなでとるものですから、みんなで高めあっていかなければなりませんよ。独り占めしてはだめですよ。」と言われました。

 

飲食店に入って、ろくに注文も出来ないはちわん88が「コミュニケーション能力はある。」というのはにわかに信じ難いお言葉ではあります。

 

コミュニケーション能力=学問+実践

であり、はちわん88は『学問』の部分では十分に知識はあるのですが『実践』の部分が弱いという指摘を受けました。

なるほどです。

ちなみにはちわん88が指摘されたことですが、

  1. 周りにイエスマンしかいないと変われない
  2. 悪い所を指摘してくれる人がいないと変われない
  3. 色んな人との出会い、経験が足りていない
  4. 傷つかないと成長しない

と言われました。

やはり圧倒的に経験が不足しているようです。

たくさんの経験をしていく中で、自分と違う意見の人にもまれたり、結果として傷ついたりしなければ、実践の部分のコミュニケーション能力の向上はないという事でした。

はちわん88自身、実践が欠けているということについては思い当たるふしが多いにあり、勇気を出して自分からコミュニケーションを取っていかねばなと思いました。

 

『学問』の部分でのコミュニケーション能力はあるというのは素直に喜ぶべきことでしょう。

 

コミュニケーションの先生からは「はちわん88さんが高い方にいるのだから、はちわん88さんが譲る方に回って下さい。」と言われました。

例えば細い道で傘をさしている二人がすれ違うとき、一方が傘をすぼめないとすれ違えません。そのとき、傘をすぼめた方がお礼を言われます。お礼を言われた方が立場が上になり、お礼を言った方が立場が下になります。

はちわん88さんはもう、すでに先生なのだから、あなたが傘をすぼめて、お礼を言われる人になりなさい、と言われました。

 

先生というのは、上から目線になれという事ではありません、威張るという事ではありませんよと言われました。

 

上に立つものの努めとして、譲ったり、物を拾ったりしなさい。

一日一善ですよ、と言われました。

最後は道徳的なお話になってしまい、はちわん88は少し戸惑ってしまったのですが、上に立つものは下に続くものの手本とならなければいけないという事なのだと思います。

 

今日はここまでです。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

コンパクトカーが最高な理由

さて、今回ははちわん88が最近よく運転するようになった自家用車であるコンパクトカーについて書きたいと思います。

 

コンパクトカーというのはざっくり言うと軽自動車のような小さい車ですが排気量が軽自動車より大きいですし、高速道路での走行に優れている、万一事故したときの安全性も軽より優れているのではないかというのが、はちわん88の周りの意見です。

 はちわん88とツレ(彼女)は8年位前、自宅からちょっと離れた所にある中古自動車屋に車を買いに行きました。色々迷った末に今乗っているコンパクトカーを購入しました。

用途としては、近所のホームセンターに買い物に出かけたりする程度で、ほとんど距離を乗るという事はありませんでした。

ちょっとした自転車感覚です。

去年の冬に祖母が亡くなり、祖母の家の片づけをするようになりました。

週に2回祖母の家まで行って、荷物を積んで帰ってくるというものです。

最初の頃は行って帰ってくるだけで疲労が激しかったのですが、何回も繰り返しているうちに少しづつ慣れてきました。

 

これは車の運転も同じで最初はとても危なっかしかったのですが、何回も運転するうちに段々運転に慣れてくるのが分かりました。

 

細い路地を走っている時など、最初の頃は「曲がれるのかな?」と思いながら恐る恐る曲がっていたのが、最近は「大丈夫!」と自信をもって曲がれるようになりました。

コンパクトカーのこういう小回りが利く、扱いやすさはとても良いと思っています。

そしてはちわん88が声を大にして言いたい、コンパクトカーの優れている所、それは「事故を起こしにくい点。」にあると思います。

はちわん88が車を運転していてヒヤリハットする事が何回かありましたが、未だ無事故無違反です。

その理由を考えてみたのですが、コンパクトカーの小ささにあるのではないかと思います。物理的に小さいと他の車と接触する可能性も低くなると思いました。

 

また、コンパクトカーは他の車ウケしやすい車だよなと思っています。例えば高級車であるとか、スポーツカーなどであれば、必然的に「運転が上手いから乗ってるんだろう。」と思われると思うのですが、コンパクトカーの場合、「コンパクトカーなら仕方がない。」と大目に見てもらえるように思います。

 

車の運転が上達するという事はただ、操縦技術が上手になるという事ではありません。

交差点で車同士ばったり出会ってしまった時、どちらが道をゆずるのか、アイコンタクト、身振り手振りでのコミュニケーションとか、車線変更をして後続車両にありがとうのハザードランプを点滅させる、とか、自分はどの車線を走っているのが良いかとか、スピードは何キロくらいがいいかとか色々考えるべきことがあります。

 

結局、車を運転するという事は沢山の車がいる社会のなかでいかにお互いに気持ち良く運転できるかという事に尽きると思います。

車を運転する人同士のコミュニケーションですね。

そして、コンパクトカーは車の運転技術のみならず、車社会での処世術まで学べる大変に素晴らしい車だと思います。

読者の皆様のにとって参考になることがあれば幸いです。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

自分にとって都合の悪いことは言わなくてよい

さて、以前のブログでお客様という立場、について述べました。お客様という立場以外、例えば、はちわん88はマンションに住んでいますが、マンションの住人同士であるとか、一緒にランニングをしている友人などの場合、立場は対等になります。

 

お客様という立場であれ、対等な関係であれ、コミュニケーションをとる時一番優先するべきなのは「共有している空間を楽しいものにする。」といえるのではないでしょうか?

当たり前の話ですが、人が誰かと一緒にいて、ストレスを感じるといった事は出来る限り避けたいと思うのではないでしょうか?

人が避けたい話題として、暗い話、重い話、などがあると思います。

逆に人が好む話として、明るい話、面白い話、軽い話題があると思います。

人が好む話をしていると、人は「あ、またはちわん88さんに会いたいな。」と思ってくれるのではないでしょうか?

はちわん88には人に話しづらい属性、テーマ、話題をたくさん持っています。

例えば自分が精神の病気を患っていること、精神障害者手帳を持っている事。

仕事をしていない、無職であるという事。障害年金をもらっている事。

母親ががんで闘病中であること。

ちょっと書いているとはちわん88自身が、話題のヘビーさにうんざりしてしまいます。

こういう話を特に親しくない段階でされるとやっぱり引いてしまうと思います。それが当然だと思います。

なので、特に親しくない人と接する時にはわざわざはちわん88の方から、自分の重たい話題をオープンにする必要はないのです。

「お仕事何されているんですか?」などと詮索されたならば、「あ、事務職です。」などと適当に返しておけばよいのです。

ここで馬鹿正直に「実は無職で…」と答えると相手もドン引きしてしまうでしょうし。

あくまでコミュニケーションというのは楽しく!というのが基本です。

そして、気の合う人が出来て仲良くなった時、自分のマイナス面を少しずつ出してみるというのがよいと思います。一気に出してドン引きされないように注意が必要かと思います。

 はちわん88にとってラッキーなのはツレ(彼女)がはちわん88の重たい話題に対して理解があること、そして、一緒に住んでみないと分からないであろうはちわん88の病気の部分、寝ている時間が多いとか体調に波があるとかに対して理解があるのが救いというか、ラッキーな事だと思っています。

 

そして、理想を言えば、精神の病気にもっと理解が進んで、世の中に受け入れられるといいなと思います。

それは精神障害者手帳に対しても、広く認知される事を望みます。

また、最近は年金に対する不信感などをよく目にしますが、満足に働けないものに対する公的扶助としての障害年金に対する理解も進んで欲しいと思います。

こういった問題は一朝一夕に解決される問題でもなく時間がかかるのは仕方のないことだとは思いますが、将来的に障害者が肩身の狭い思いをする世の中であって欲しくないと思います。

 

後半かなり話が脱線しましたが、この記事ではちわん88が言いたかった事のおさらいですが、「自分の言いたくないことは言わないままで良い。コミュニケーションはさらっと楽しく!」でした。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

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会話の中には笑いが必要です!

さて、つい最近まで将棋の世界の藤井聡太四段の連勝のニュースで世間は沸き返っていました。

はちわん88は子供の頃より友達らと将棋をよく指しており、強さの方はしれていましたが熱中していました。

その頃のスター棋士と言えば「光速の寄せ」で有名な谷川浩司さんで大ファンでした。大ファンなので谷川浩司さんの出席されるイベントに行き、生谷川浩司さんに会った事があるというのがちょっとした自慢です。なかなか皆に分かってもらえない自慢なのが悩ましい所です。

そんな中はちわん88は自分の運命の一冊ともいえる本に出会いました。米長邦雄という人が史上最年長名人位を獲得し、ちょっとしたフィーバーが起こっていたようで、米長邦雄さんは自身の勝負感を記した本を出版されています。

タイトルが『運を育てる~肝心なのは負けたあと』というもので、その本の内容にはちわん88は大きく影響を受け、熱中しました。

内容はタイトル通り、運が良くなるにはどうすればいいか、それは勝利の女神に好かれる事で、そのためには謙虚さと笑いが大事だ、というお話です。

言葉にしてしまえば簡単なのですが実行するのは中々難しく、米長邦雄さんの器の大きさを感じる一冊です。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、はちわん88の人とコミュニケーションをとる姿勢、態度を振り返ってみると、俺は正しい、絶対間違えない、完璧だ、だからお前にも完璧を求める、という感じです。

すごく息がつまりしんどいです。はちわん88なりに米長邦雄さんの言われる「謙虚さと笑い」を実践しようとしているつもりでしたが、全く逆の事をしていたのかもしれません。まず、そこのところ、つまりはちわん88は勝利の女神に嫌われるような行動を取っていたのかもしれないと認める事から始めないといけないのでは?と思いました。

自分の態度、姿勢は間違っていたかもしれない、勝利の女神に好かれるにはどうすれば良いのだろう?という考え方、をまずした方が良いのかなと思いました。

そもそもなぜはちわん88が『運を育てる』という本の事を書こうと思ったかなのですが、ランニングをしている友人との関係、母親との関係がギクシャクしていてこのままではまずいなと思ったからです。

友人や母の事を責めて自分は何も悪い所はないという態度こそが、はちわん88の最大の短所だったのではないかと思っています。

まず、自分が悪かったという所から始めて、人間関係の再構築を試みる必要があるなと思いました。

そして大事なのはコミュニケーションをとっている人との間にクスッとした笑いがあるかどうかだよな、と思っています。

はちわん88の課題として病気の母と分かりあえる事、友人と気持ちのいい関係を取り戻す事です。

以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

運を育てる―肝心なのは負けたあと

運を育てる―肝心なのは負けたあと

 

 

適切な大きさの声で話すには?

今回のテーマです、声が大きい人は得かどうかです。

結論から先に言うと声が大きい人の方が得です。

はちわん88の経験則ですが、人は音に反応します。大きな音がするととっさにその音がした方を見ます。他にも電車の中で携帯電話で喋っている人がいたらうるさいなあと思います。

なぜうるさいと思うのでしょうか?それは、喋っている人の声が大きくて、自分のしている事に集中出来なくなるからでしょう。

音、というのは「私はここにいます。」という事をアピールするという事だと思います。

声が小さいという事は、出来るだけ自分の存在を周囲に知られたくない、隠れていたいという事なのではないかと思います。

音に人は反応する、だからなるべく人に反応されたくない、目立ちたくない、という無意識的な思いから、はちわん88は声が小さいのではないかと考えました。

しかし、声が小さければ人の注意を惹かないかというとそうでもありません。声が小さいというのは、それはそれで目立ってしまうのです。

例えば、飲食店にはちわん88とツレ(彼女)で行くとします。先客が一人いるとき、はちわん88とツレ(彼女)がぼそぼそ小声で話していると、先客は独りぼっち、仲間外れになっている様になってしまいます。先客はもしかしたら俺の悪口を言ってるんじゃないかと誤解したりするようにはちわん88は感じます。

こういう時、はちわん88とツレ(彼女)が取るべき行動は先客にもはっきり聞こえる大きな声で談笑する事です。欲を言えば、先客も話の輪に入れるような話題を選べれば満点でしょう。

そういう公共の場でふさわしい話題としては、「木戸に立てかけし衣食住」という言葉があります。

  • き 季節の話、例)暑くてたまりません
  • ど 道楽(趣味) 例)ランニングとか
  • に ニュース 例)ヒアリ怖いね

などなど誰でも参加できる話題、共通の話題を選べば良いでしょう。

少し話が逸れましたが、声の大きさというのは大きくても小さくても目立ってしまうという事が判明しました。

適切な大きさ、で喋る必要があります。適切な大きさってどんな感じ?という話ですが、その場を共有する人が聞き取れるくらいの大きさという事になります。

それでは、声の小ささで悩んでいるはちわん88は具体的にどうすればいいのでしょうか?

やはり意識的に大きな声で話す訓練をするしかないと思います。目立ちたくないという思いで声が小さくなって、逆に目立っているのですから、適切な大きさを目指すしかありません。

例えば、話している相手と同じくらいの大きさで話すように努力してみるというのが一番手っ取り早いような気がします。

そして、適切な大きさの声が習慣として身につくように努力するしかありません。

今回のテーマ、適切な大きさの声で話す、といのは気づきだけでは改善できない、日々努力するしかないという結論に至りました。これから意識して何とか身に着けたいと思います。

おしまい。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

人を許す事の重要性

さて、少し前、はちわん88は母親にキレてしまいました。

理由は些細な事の積み重ねで、母親がはちわん88にとって嫌なことををしてきても、はちわん88は「それは嫌だ。」と言えず、どんどんそういうはちわん88にとっての嫌だが積み重なり、ある日プツンとキレてしまいました。

一応、仲直りはしましたが、はちわん88的にはどうも素直になれません。

だから会っていても「不機嫌モード」です。「不機嫌モード」というのは、「俺はまだお前の事許した訳じゃないから。」という態度です。

はちわん88がこういう態度をとったら、母親とはちわん88のコミュニケーションはスムーズにはいきません。なにかみぞおちの辺りが重く、二人の間にも重い空気が充満します。

「一応仲直りはした、でもまだ許した訳ではない。」

なんという心の狭さでしょうか!この心の狭さは双極性障害によるものなのでしょうか?しかしはちわん88の記憶では双極性障害になる前からこういう心の狭さはあったように思います。

こういう態度でいると母親もはちわん88も不幸です。

では、はちわん88の納得のいかなさはどうすれば良いのでしょうか?

はちわん88にとって母親が理不尽な事をしてくる、というのは母親のせいかもしれません。しかし母親に対して「それは嫌だからしないでくれ。」と言えなかったはちわん88自身のせいでもあるのです。むしろ母親からしてみれば自分の行動の何がいけなかったのか分からないでしょう。嫌なら嫌とその都度言って欲しかったというのが本音でしょう。

何度考えてもはちわん88がきちんと自己主張できなかった事が悪かったのだなと思えてきます。

そして、今後母との付き合いでまた母親に理不尽な事をされるのではないかとはちわん88は恐れているのです。そして理不尽な事をされた時、上手く自己主張する自信がないので、自分自身に予防線を張っているのです。母とコミュニケーションをとっていく中でまた傷つくかもしれない、それは嫌だ、また傷つくくらいならもう素直なコミュニケーションは取らない。そう思って心を閉ざしているのです。

結果、はちわん88と母との間には溝ができています。なんと不幸なことでしょうか?

はちわん88が取るべき行動はただ一つ、母親を許すことです。そして、一刻も早く関係を修復し、お互いに楽しいと思える間柄になることです。

しかし一つ問題が残ります。それははちわん88の「自己主張力の低さ。」です。母とコミュニケーションをとる中で母はまたはちわん88にとっては理不尽な事をしてくるでしょう。その時にははちわん88は「それは嫌だ。」と何回も言わなければならないでしょう。

でもそれはそれ、これはこれ、なのです。母親の事は許し、楽しい関係性は築かなければなりません。一方で母親から理不尽な事をされたらそれは嫌だと主張し続けなければなりません。

コミュニケーションというのはそういう事だと気づかされた40過ぎのオッサンです。

そういう気づきを与えてくれた母親にはむしろ感謝すべきなのかもしれません。

そして実はこの記事の考え方のベースにある、「人と事柄を分ける。」という考え方を教えて下さったコミュニケーションの先生にも感謝です。

当記事がはちわん88の気づきとして定着すること、そして読者の皆様のプラスになることを願いつつ筆を置きたいと思います。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

普段着を少し清潔感のあるものにしてみる。

さて、前回の記事でランニングの際のウェアを変えることで、自分の居場所を確保する、確保出来る、というお話をしました。

今回は日常の生活の中での服装、いわゆる普段着というものについて考えます。

はちわん88は今年の春ごろ、普段着の事で悩んでいました。

ちょうど自己啓発系の本を読んでおり、その本には「セルフイメージに合った服を着てみよう。」「外見から変えてしまおう!」といった事が書かれていました。

はちわん88は漠然とコミュニケーションの先生になれたらいいな、と思っていました。

なのでコミュニケーションの先生みたいな服装ってどんな感じかな?とあれこれ想像力を膨らませていました。

結果、思いついたのが、出来るだけフォーマルに寄せた感じのカジュアルです。

フォーマルというのはスーツです。でも普段着なのでスーツは着ません。そこではちわん88なりのスーツに寄せた普段着を考えました。

  • カジュアルめのYシャツ(白、水色)
  • 無難な紺色のセーター
  • 細身、綺麗系の茶色のチノパン
  • 茶色の革靴
  • 万人受けしそうなトートバッグ
  • オシャレなメガネ

を思い切って購入しました。購入したものを身につけてみたところ、まあまあいい感じです。

これなら今日からコミュニケーションの先生です!って名乗れそうです笑

外見だけなら笑

さて、外見を変えて実際に街中に出てみると、人の視線が明らかに違うのを感じました。

ここではちわん88がこれまでどんな服を着ていたかなのですが最近大流行したMA-1などのフライトジャケットなど、どちらかというとミリタリーよりの服装を好んで着ていました。

ミリタリー系の服装は着ているはちわん88は楽しいかもしれませんが、周りのの反応、特に女性には受けがよくない感じでした。

そして今回はちわん88なりのコミュニケーションの先生風の普段着を着てみると、女性の視線が柔らかい感じです笑

もちろんコミュニケーションの先生の想定する生徒さんとして、老若男女様々な年齢、性別の方に受け入れていただけないといけないので、狙い通りです。

最後にはちわん88が意識したスーツよりの普段着について振り返りをしてみたいと思います。

  • まず、女性が男性に必ず求める「清潔感」があると思います。女性にウケるという事はすなわち男性にもウケるという事で、女性ウケを狙うというのはとても大事な事だと感じました。
  • そしてあくまでも受け入れてもらう服装であって、服装で主張しないという事です。主張するという事は否定的な意見も出てくるという事です。服装はあくまでも万人うけするものを選び主張は他の所でします。

 

女性ウケ女性ウケというとなにか感じ悪いかもしれませんが、オシャレに敏感な女性にウケるという事はとても大事なことなのだなあと思いました。

また、女性にモテたくない男性なんていないでしょうから、服装で損をすると勿体ないなと思いました笑

今回は以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました!

 

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