精神障害者といって差別しているのは誰か?

それは、私だ、とはちわん88は思います。
最近、そう思うようになりつつあります。

以前勤務していた会社は障害者枠での雇用だったので、比較的単純な作業をして、短時間勤務で、時給は安く、なかなか仕事を通して、自己実現を図るという事は難しい環境で働いていました。

 なにか壁にぶつかると、「自分は精神障害者だから、、、」という言い訳を使えば、簡単に逃げる事ができます。
念のためにですが、逃げる事はとても大切で、頑張って、当たって、砕けて、状態が悪くなったという事は絶対に避けねばなりません。

 昨日、友人とランニングをしていて思ったのですが、彼は、はちわん88の事を『精神障害者』としては見ていない。
強いて言えば、心の病という重荷を背負ったはちわん88、十把一絡げの精神障害者ではなく、たまたま心の病になった『はちわん88という一個人』として見ているように感じました。

 以前のブログで、幸せを決めるのも不幸せを決めるのも自分自身である、という事を書きました。
であるならば、自分を精神障害者と思うのも自分、色々な症状に悩まされながらも、自分の生き方を決めていくのも自分、なのではないかと最近思うようになりました。

普通の人が8時間働けてもはちわん88は8時間働けない。睡眠時間がとても長い。すぐ疲れる。
もっとあるでしょう。
それらを踏まえて、それでも出来る事は何か?を捜す事が大事なのだと思います。

他人目線でなく、はちわん88が、楽しいと感じられるような事を沢山集めて、生きていけたなら、それが幸せなのだと思います。

本日もお付き合い頂きありがとうございました。