人を許す事の重要性

さて、少し前、はちわん88は母親にキレてしまいました。

理由は些細な事の積み重ねで、母親がはちわん88にとって嫌なことををしてきても、はちわん88は「それは嫌だ。」と言えず、どんどんそういうはちわん88にとっての嫌だが積み重なり、ある日プツンとキレてしまいました。

一応、仲直りはしましたが、はちわん88的にはどうも素直になれません。

だから会っていても「不機嫌モード」です。「不機嫌モード」というのは、「俺はまだお前の事許した訳じゃないから。」という態度です。

はちわん88がこういう態度をとったら、母親とはちわん88のコミュニケーションはスムーズにはいきません。なにかみぞおちの辺りが重く、二人の間にも重い空気が充満します。

「一応仲直りはした、でもまだ許した訳ではない。」

なんという心の狭さでしょうか!この心の狭さは双極性障害によるものなのでしょうか?しかしはちわん88の記憶では双極性障害になる前からこういう心の狭さはあったように思います。

こういう態度でいると母親もはちわん88も不幸です。

では、はちわん88の納得のいかなさはどうすれば良いのでしょうか?

はちわん88にとって母親が理不尽な事をしてくる、というのは母親のせいかもしれません。しかし母親に対して「それは嫌だからしないでくれ。」と言えなかったはちわん88自身のせいでもあるのです。むしろ母親からしてみれば自分の行動の何がいけなかったのか分からないでしょう。嫌なら嫌とその都度言って欲しかったというのが本音でしょう。

何度考えてもはちわん88がきちんと自己主張できなかった事が悪かったのだなと思えてきます。

そして、今後母との付き合いでまた母親に理不尽な事をされるのではないかとはちわん88は恐れているのです。そして理不尽な事をされた時、上手く自己主張する自信がないので、自分自身に予防線を張っているのです。母とコミュニケーションをとっていく中でまた傷つくかもしれない、それは嫌だ、また傷つくくらいならもう素直なコミュニケーションは取らない。そう思って心を閉ざしているのです。

結果、はちわん88と母との間には溝ができています。なんと不幸なことでしょうか?

はちわん88が取るべき行動はただ一つ、母親を許すことです。そして、一刻も早く関係を修復し、お互いに楽しいと思える間柄になることです。

しかし一つ問題が残ります。それははちわん88の「自己主張力の低さ。」です。母とコミュニケーションをとる中で母はまたはちわん88にとっては理不尽な事をしてくるでしょう。その時にははちわん88は「それは嫌だ。」と何回も言わなければならないでしょう。

でもそれはそれ、これはこれ、なのです。母親の事は許し、楽しい関係性は築かなければなりません。一方で母親から理不尽な事をされたらそれは嫌だと主張し続けなければなりません。

コミュニケーションというのはそういう事だと気づかされた40過ぎのオッサンです。

そういう気づきを与えてくれた母親にはむしろ感謝すべきなのかもしれません。

そして実はこの記事の考え方のベースにある、「人と事柄を分ける。」という考え方を教えて下さったコミュニケーションの先生にも感謝です。

当記事がはちわん88の気づきとして定着すること、そして読者の皆様のプラスになることを願いつつ筆を置きたいと思います。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。