米長邦雄著『癌ノート』の感想など。

さて、はちわん88は米長邦雄さんの著書『運を育てる』に熱中していました、と以前の記事で書きました。

『運を育てる』の発行年が平成5年、1993年です。

この頃の米長邦雄氏は棋士として現役バリバリで脂が乗っていた時期でしょう。

その後の米長邦雄氏についてWikipedia、『将棋の天才たち』米長邦雄著を参考に簡単に軌跡をたどりたいと思います。

2003年12月現役引退

2005年より日本将棋連盟会長を務める

会長としての初仕事が将棋のアマチュアをプロへの編入試験。当時大いに話題になったので覚えておられる方もおられるかもしれません。

またもう一つ世間を賑わせた話題として米長邦雄氏対コンピューター将棋ソフトとの対戦で、2012年に行われ米長氏が敗れました。

史上最年長で名人になったり、将棋連盟の会長になったりと米長邦雄氏はプロ棋士のなかでもほんの一握りのエリート、人気と実力を兼ね備えたトップ棋士だった事がわかります。

10年に一度、いや20年に一度くらいしか登場しない将棋界のスーパースターでしょう。

例えば、最近テレビで引っ張りだこのひふみんこと加藤一二三氏もそうでしょうし、圧倒的な強さの羽生善治氏、はちわん88がファンの谷川浩司氏、そして中原誠氏、大山康晴氏等々、現役プロ棋士は150人くらいいるようですが、人気、実力を兼ね備え世間に認知されている棋士というのは本当にわずかという事がよく分かります。

 

さて、著書『運を育てる』で、勝利の女神に好かれなければならない。そのためには謙虚さと笑いが大事だと説かれていた米長さんですが、2008年春に前立腺癌と診断されます。

勝利の女神は米長氏を見捨てたのでしょうか?

その時米長氏のとった行動とは?

米長邦雄著『癌ノート~米長流 前立腺癌への最善手』を参考に簡単に見ていきたいと思います。

 

以下ネタバレが含まれますのでご注意下さい。

 

さて、癌になった感想です。「癌は恐い。しかし、なってしまったものは仕方がありません。」p5参照

 

運が良いという事と癌になるならないというのは別もののようです。

運が良い人が癌にならないというのであれば、米長氏は癌にならないはずですから。

運が良い米長氏でも癌にはなってしまった。その時の感想が「なってしまったものは仕方がない。」です。

ごく自然に淡々と受け入れられたように文面からは受け取れました。

 

さて、癌になった。それは仕方がない。

これからどうするか?ですがこれからどう対処するか、

「いや、ベストはあるのです。笑い。これだけは絶対です。人生で一番大事なことは「笑う」ということです。いつも笑顔を絶やさず、明るくする。そうすれば、運気も上がるのです。入院中も、治療中も、努めて笑うようにしていました。」p4参照。

これです。これぞ米長邦雄さんです。癌になろうが、なんだろうが、自分の哲学を貫き通すのです。その真髄が「笑い」なのです。

以下、米長氏の赤裸々で正直な前立腺癌との付き合いが描かれていますが、その芯の部分は徹頭徹尾「笑い」で貫かれています。

 

『癌ノート』発行が2009年

 

2012年12月死去であります。

米長氏の事ですから亡くなられる間際まで「笑い」を追及されたことと思います。ご冥福をお祈りいたします。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

将棋の天才たち

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