コミュニケーションの癖に気づく

先日、中学生時代の同級生らとの飲み会に行ってきました。

中学の時から内に籠る暗い性格だったので殆ど友達らしい友達はいないのですが、一人世話好きというのか、良かったら来いよと声をかけてくれる友人がいて、参加しました。

思い返してみれば、その声をかけてくれる友人というのは、大学を卒業して社会人になってからも何かと、事あるごとに、声をかけてくれていたように思います。

人と人とを結びつけるのが上手い性格なのだと思います。

 

ただ、はちわん88が忙しかったり、人見知りで、知らない奴がいる所に行くのは嫌だなーと思ったりして、正直その声をかけてくれる友人の事をあまり有難く思っていませんでした。

 

時々声をかけてくる変わった奴だな~位にしか思っていませんでした。

 

はちわん88の中で何かが変わったのだと思いますが、最近その声をかけてくれる友人の存在がとても有難く感じるようになりました。

 

それで先日飲み会に行ってきたのですが、はちわん88以外のメンバーは全員仲の良いメンバーです。

はちわん88は中学生の頃からずっと内に籠る性格で友達らしい友達が出来なかったので、そのメンバー達も顔は知っているけどあまり交流をしていなかったメンツです。

そういう訳で一人だけちょっと浮いた感じの中での飲み会でした。

でもそういうメンバーに交じって酒をのんでいると、とても居心地がよいのです。

はちわん88は今でも無口なのであまり喋りませんが、他の奴らが喋っているのをほろ酔いで聞いていると、なにかすごく気持ちが良いのです。

 

このメンバーほんとに仲が良いなぁとかこのメンバーでもう一回中学時代に戻ったら今度は絶対仲良くするだろうなと思いました。

ただ、はちわん88らが中学生に戻ることはあり得ないわけで、これから彼等と仲良くしていけたらいいなと思いました。

 

そういう楽しかった飲み会なのですが、自身のコミュニケーションのやり方、癖のようなものに気づき、こうすればよいのではないか?という一つの答えのようなものが見つかったので書いておこうと思います。

 

はちわん88に声かけをしてくれる友人をAとします。

もう一人、はちわん88が比較的よく知っている友人Bがいます。

友人Bとの関係を思い起こすと、何かと衝突して口論になるというのがはちわん88の感想です。

 

そんな訳ではちわん88は今回も飲み会にはBがいるな、また口論になったら嫌だなあという思いを持ちつつ飲み会に行きました。

 

はちわん88は飲み会に行くにあたって友人Bと上手くいく方法を考えました。

いつものパターンだと友人Bの意見にはちわん88がそういう意見もあるけどこういう考えもあるんじゃないか?と建設的な意見を出しているつもりが、実はただ、友人Bの意見を否定していただけなのでは?と思いました。

なので友人Bと意見がぶつかったら素直に相手の意見を認めようと思いました。

 

果たして、飲み会で友人Bと衝突しそうな場面がやってきました。

そこではちわん88は変に相手を刺激しないよう、「そうそう、Bの言う通り。」と言った所、友人Bは満足気な笑みを浮かべはちわん88と衝突することはありませんでした。

衝突の危機はもう一度ありましたが、はちわん88が折れる事で回避する事ができました。

 

家に帰ってから友人Bってどんな性格だったかなと思い返してみると、「負けず嫌い、真面目、ストレートなコミュニケーションの仕方」とはちわん88とよく似た性格だと思いました。

やはり似た者同士というのは衝突しやすいのかなと思いつつ、これからもはちわん88が折れるようにしていこうと思いました。

 

今回の飲み会ははちわん88にとって実りの多いものでしたが人と人が仲良くするというのは、結局のところ相手の幸せを願っているという考えが根底にあるからこそ成立するものだと思いました。

 

表面上は仲良くしていて実は相手の失敗を望んでいるなどというのは、まさに「上辺だけの関係」だと言えるでしょう。

 

自己否定の傾向のあるはちわん88は友人と仲良くするために自分の事を好きにならなければならないよなと思います。

 

今日はちょっと冗長な文章になってしまった気がしますが以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。