人の温もりに気づく

さて、当ブログはコミュニケーションについて考えるブログです。

しかし最近コミュニケーションのもっと前に大切な事があるような気がしてきました。

それが『自信、自己肯定感』です。

 

誤解のないよう書いておくと適切なコミュニケーションをとる事で自信や自己肯定感は増えると思います。

しかし、適切なコミュニケーションをとるために『自信、自己肯定感』が大切なのは言うまでもない事でしょう。

 

鶏が先か卵が先かという話になってしまいますが今回は『自信、自己肯定感』について書きたいと思います。

 

さて、はちわん88が自分に対して、自信とか自己肯定感とかいうものを感じだしたのは最近の事です。

ついこの前までは劣等感に苛まされて苦しんでいました。

自分に自信を持つ事で物事が良い方向に進むんだという事は分かっていましたが、どうすれば自信、自己肯定感が身に付くのか皆目見当がつかないまま苦しんでいました。

 

40歳を過ぎてやっと自信、自己肯定感とはこういうものかという手がかりのようなものを見つけましたので、今日はそのことについて書きたいと思います。

 

一つ目は同居しているツレを観察していて感じた事です。

ツレはとにかくコミュニケーション能力が高いです。初対面の人ともすぐに打ち解けられます。

また自分の感情に正直で好き嫌いがはっきりしています。

自分の感情に素直に生きているので毎日が楽しそうです。

なんか良い性格してるよなと思って接していたのですが、ツレの弱点みたいなものに気づきました。

一言で言えば知識が足りない、自分で調べる力が足りないという事です。

はちわん88はそっち方面は得意です。なのでよく彼女に利用される訳です。

この漢字は何て読むの?これはどういう意味?とかしょっちゅうそういうやり取りがあります。

なので、はちわん88はツレの事を「こいつもしかして頭悪い?」というふうに思っています。

別に頭が悪くても世の中を渡ってくのに支障はないわけで、ツレもその点については開き直っています。

ここではちわん88は思うのです。コミュニケーション能力が優秀で生きる事に不自由していないツレにも欠点がある。

はちわん88は確かにコミュニケーション能力が劣っているけどもツレより優れている所があるじゃないかと。

確かにはちわん88は物事を多少人より知っていたり、物事を深く考える力は優れているかもしれない。

でも、世の中を渡っていくのはコミュニケーション能力がある方が良いに決まっています。

ただ、人間の能力というのはコミュニケーション能力だけではないわけで、色んな能力の中ではちわん88がツレより優れている点を見つけだしたというのは大きな成果でした。

 

そしてもう一つの大きな出来事として、双極性障害のはちわん88を否定せず、受け入れてくれるツレの存在がやはり大きいです。

双極性障害の症状で辛い事は、とにかく体が怠く、疲れ易いのです。

以前は障害者枠で働いていましたが、今は母親がガンという事で無職です。

それで毎日どう過ごしているかというと、家にいるときはほとんどベッドに寝転がりながらスマホばかりしています。

起き上がってリビングに行くとか、ちょっと散歩するとかいう事がありません。

何かをしようという意欲がとにかく湧かないのです。

ツレにしてみればゴロゴロしているはちわん88は鬱陶しい存在だと思うのですが多少文句も言われますが、基本何にも言われないのです。

かっこ良い言葉で言うと、辛い症状を抱えているはちわん88を丸ごと受け入れて貰っている感じです。

やはりこれは嬉しいです。辛い、しんどい、でも周りに迷惑をかけているのも重々承知しているという状態をそっとしておいてくれるというのはありがたいです。

人の温もりのようなものを感じます。

 

はちわん88はツレと接することで人には色々な能力があって、コミュニケーション能力は劣っているけれども、自分にも人より優れている能力がある事に気付けました。

また、双極性障害という病気を抱えて毎日辛い日々を過ごしていますが、そんな中で人の温もりに接する事ができ、自分自身の中の温かな気持ちに気づく事ができました。

今までは劣等感というメガネをかけ、物事全てをネガティブにとらえていましたが、今は人は自分と同じ得手不得手がある人間であり、また、温かな心を持った人間なのだと思えるようになりました。

40歳を過ぎてから気づくというのは人生かなり損をしてきた気がしますが、気づけただけ幸せなのかなと思います。

 

ツレに感謝です。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。