なぜ声が小さいのか考えてみる。

 さて、はちわん88は声が小さいことで悩んでいます。高校生くらいから悩んでいるのでもう20年以上悩んでいる事になります。

20年以上って、おいおいその間に治せなかったのかよ、と自分に突っ込みを入れたいところですが、コンプレックスはコンプレックスのままで生活してきました。

なぜ今になって声が小さいということを治したいと思っているかというと、はちわん88も40歳を過ぎました。このまま声が小さいというコンプレックスを抱えたまま死んでしまうのかな?せっかくこの世の中に生まれてきたのだから何か苦手な事を克服したい、という気持ちが出てきました。

 

人間40代になるとどこか郷愁的になってそんな事を考えるものなのかと思っているのですが、これってはちわん88だけですかね?

 

改めて声というものについて考えたいと思います。人間は声を使ってコミュニケーションを取っています。声というか言葉と言った方が正確でしょうか?

お互いに適切な大きさの言葉を相手に届けあって会話を成り立たせています。

 

そんな中に声の小さなはちわん88のような人間が混じると、その場にいても会話にならない訳ですから、話し手にその気がなくともはちわん88は結果的に無視されているという状況になります。

 

はちわん88側からみると無視をされるというのは辛いことですが、自分の存在を消したい、気配を消したい、なるべく目立ちたくないと考えているわけですから狙い通りといえば狙い通りな訳です。

 

しかし最近になってそれでは駄目だ、もっと大きな声で話さなければと思うようになりました。

大きな声で話すということはつまり、目立つ、自分の存在をアピールするということです。

 

考えてみれば不思議な事なのですが、はちわん88はその場に存在して、みんなから認識されているにも関わらず、目立ちたくない、気配を消したいというのは矛盾した話です。

 

はちわん88の根底に「何か場違いのことを言ってバカにされたらどうしよう。」「笑われたらどうしよう。」「意地悪されたらどうしよう。」

といったネガティブな考えがあるのだと思います。

だからなるべく失敗を少なくするために喋らない、喋っても声は小さく、聞き取れないくらいに、となるのでしょう。

 

喋らない、小さな声で喋るということ自体がそもそもコミュニケーションでは失敗な訳ですが、はちわん88は失敗したくないという思いで必死なようです。

 

はちわん88は最近、この世の中に存在する人間ってそう悪い人ばかりでもないと思うようになりました。

だとするならば、はちわん88が稚拙なコミュニケーションをとっても「ああ、こいつ頑張ってるな。」くらいの気持ちで許されるのではないかと思うようになりました。

 

そうは言っても、まだ、現実的に大きな声で話すというのははちわん88にとって恐怖なのです。

20年以上積み重ねてきた発声のパターンは急には治らないのです。

理論的には今回の記事ではちわん88は大きな声を出しても問題無いことが分かりました。

実践部分では少しずつ、大きな声を出せるように努力していくしかないのかなって感じです。なんせ家にいることが多くてコミュニケーションの絶対量が少ないですから、まず、人と接する機会を増やすことから始めないと駄目だよなと思いました。

 

以上です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

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