自己犠牲のコミュニケーション

自己犠牲のコミュニケーションと聞いて「あ~それね。」

とピンと来る方っておられるのでしょうか?

はちわん88はコミュニケーションのレッスンに通って2年半ほどになります。

 

commu.hatenablog.jp

 教室に通いだした当初から指摘されてきたのが

「はちわん88は自己犠牲のコミュニケーションをしている。」

という事でした。

前回のレッスンでも先生より指摘され、何となく腹落ちしたので記事にしてみます。

 

さて、「自己犠牲のコミュニケーション」とは、コミュニケーションの場において、自分さえ我慢していれば丸くおさまるから、と考えて自分の言いたい事、やりたい事を我慢して、一方的に相手の言い分を通すコミュニケーションの事をいいます。

 

一見その場は丸くおさまったように見えますが、肝心のはちわん88の『本当の気持ち』が犠牲になっているので、はちわん88はアンハッピーです。

 

自己犠牲のコミュニケーションをとり続けるという事ははちわん88がアンハッピーであり続けるという事です。

考えただけでも空恐ろしい事ですが、40歳を超えてもはちわん88は「自己犠牲のコミュニケーション」を取り続けてている事に気づかされました。

 

例えば、はちわん88にも少ないながらも友人がいます。しかしその友人たちに対し、自分の精神疾患の事をカミングアウトしたことはありません。

なんとなくばれているんだろうな、と勝手に考えていますが、こちらからカミングアウトしたことはありません。

ましてや精神障害者手帳や障害年金を受給しているなんて自分の口から言うなんて考えたこともありません。

しかし、はちわん88がもし精神障害者手帳や障害年金について話たいと思ったらそれは話題にしなくてはならないでしょう。他ならぬ自分自身を守るために。

もし、カミングアウトしたことで、友人関係が終わってしまうならばそれは残念ながらそれだけの関係だったと諦めるしかないでしょう。

 

「自己犠牲のコミュニケーション」とは何も障害者手帳障害年金といった重いテーマだけが問題になるのではありません。

日常生活の中で、嫌だったこと、悲しかったこと、うれしかったこと、など自分の感情を相手に伝えるという事です。

「○○されて嫌だった。」

「○○されて悲しかった。」

「○○してくれて嬉しかった。」

など自分の感情を相手に正直に伝えるという事です。

 

自分さえ我慢していればその場が丸くおさまるからといった「自己犠牲的」な考え方は百害あって一利なしだなと痛感しました。

 

そして、40数年間自分がそういう「自己犠牲的なコミュニケーション」をとってきたという事に愕然としました。

これからは自分の気持ちを口に出して言っていくという、ごく当たり前の事を意識的に習得していかねばと思っています。

 

本日もお付き合いいただきありがとうございました。